お待たせ致しました!!いよいよピンゲラップシリーズも最終回です!再度、確認しておきますが、画像は皆さんのイメージを手助けするものであって、この物語の内容とは一切関係のない画像もあります。ご了承くださいm(__)mでは、「ピンゲラップ島からの脱出」堂々の完結編、はじまりはじまり~
※その1、その2を読んでいない方はこちらへ→ピンゲラップ島からの脱出まとめ
『ピンゲラップ島からの脱出~運命のクジ引き~』
15.ようやく潜水艇に乗り込めたTさん達でしたがトラック島までの航行は簡単なものではありませんでした。日中の航行は連合軍からの攻撃を受ける恐れがあるため夜にしか航行できないことや、途中、乗っている潜水艇が日本軍の作戦に参加しなければならなかった為です。太平洋のど真ん中、真っ暗で狭い潜水艦の中で、命の危険が付きまとう日が何日も何日も続いたのでした。
補足:Tさん達が所属していたのはポナぺの測候所だっだそうですが、当時、軍の中心はトラック島であったらしく、ポナペには送ってもらえなかったそうです。
16.やっとの思いでトッラク島についたTさんに上官はこう言ったのでした。「ここに8人もいらない。お前らのうち4人はサイパン島のサイパン支庁に行け。」Tさんらは言いました。「ここまで一緒に来た仲間を自分たちでは分けることをできません。」すると上官は「クジ引きでもして決めろ!」と命令したのでした。
補足:「クジっだったか、ジャンケンだったか・・・。」とにかくその時は深く考えずに適当に決めたとTさんはおしゃっていました。ここは物語的にクジを採用(笑)
17.サイパン島に行く者とトラック島に残る者を決める運命のクジ引きが行われました。麻紐で作った簡単なクジ。先が赤ければサイパン島。先が黒ならトラック島。この粗末なクジがその後のTさん達の運命を大きく左右するとはこのときは誰も思いもよりませんでした。
18.「恨みっこなしだぞ。」とつぶやき最初のクジが引かれました。次々と決まっていく仲間たちの運命。そしてTさんが引いたのは黒のクジでした。Tさんはトラック島に残ることに決まったのでした。
補足:この頃、トラック島に残留していた日本軍は玉砕覚悟だったそうです。
19.今まで共に死線をくぐってきた仲間との別れです。トラック島に残る4人はサイパン行きの船に乗り込む4人の無事を祈り、見送ったのでした。さて神様は、この後のTさん達にどのような運命を用意しているのでしょうか。
20.4人を見送った数日後のこと。Tさんたちのもとに、仲間たちが乗った船が連合軍の攻撃を受け、サイパン島到着を目前に沈没したとの知らせが届きました。Tさん達は、わが身に起きたかもしれない悲劇に身を震わせ、膝をつきました。そして太平洋の真ん中で帰らぬ人となった4人の仲間達の死に、身を寄せあって涙したのでした。
補足:魚雷での攻撃だったそうです。すでに日本軍は南洋での制海権も失っていたようです。
21.終戦が近づきトラック島に残ったTさんら4人は無事に日本に帰国しました。帰国後、大阪で商売を始め、成功を収めたTさん。現在も家族と共にお元気で幸せに暮らされています。
-完-
いかがでしたか?「ピンゲラップ島からの脱出」 人生ってすごいですね!この記事の掲載にあたり、ピンゲラップ島のことを調べていると、外務省のページに、最近ピンゲラップ島を訪れた日本人達を島民は大歓迎してくださった。との記事がありました。理由は「ピンゲラップ島に日本人が7人住んでいた。私たちには日本人の血が流れている,私たちはそのことを誇りに感じている。」(→その記事はこちら)とのこと。戦後70年近くの時を超えて、南洋の小さな島と極東の小さな国が今も繋がっているなんて素敵な話ではないですか!
☆その記事にあったミクロネシアでの交流の様子です!↓
こんなお話が身近にある介護という仕事。
「介護ってほんとうにいいもんですね。」(^_^)v
kawaguchi
追記:実は、この「ピンガラップ島の脱出」のブログ掲載は、とある方からのお問い合わせにより、現在、意外な方向に話が進んでおります。どうも番外編がありそうなんです。その話は、また今度(^^ゞ











